講座情報

第2期 第1回 生産現場で見るアニマルウェルフェアの実態

2020年5月30日

講師:家倉 博
獣医師 / 道の食鳥検査員(非常勤)

1950年滋賀県生まれ。日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)卒業。滋賀県内の共済組合で牛の診療に従事後、幕別町と厚真町で肉牛・豚・畑作の農場に勤務。現在、厚真町在住。

講師:菊地 純子
酪農ヘルパー

茨城県出身。文化服装学院卒業。2015年に半年のつもりで来た北海道に住み着く。何気なく始めた牧場アルバイトから、現在の酪農ヘルパーのスタイルに。十勝在住。「牛をはじめとする畜産が少しでも快適に暮らせることを願ってやまない」

家倉 博

・自給自足の時代から機械化による食料増産に向かう1950年、滋賀県の農家に生まれる。減反政策が始まった70年に日本獣医畜産大を卒業。地元の農業共済組合を経て、80年から北海道の牧場の獣医師として勤務。2013年から道の食肉検査所で食鳥検査員を務めてきた。

・滋賀県の共済時代には6産以上の乳牛がほとんどで、和牛飼育は少頭数だった。この頃までは日本独自のアニマルウェルフェアを実践していた。その後、米国式の多頭飼育が始まり、牛の病気が多発。個体管理から群管理へ変わり、今では乳牛は平均2~3産になっている。感染症対策として、殺菌・消毒やワクチンネーション、抗生剤の多用、畜舎への立ち入り禁止が行なわれ、外から家畜の姿を見ることがない。

・90年に食鳥検査に関する法律ができるまで、処理場に対する立ち入り検査はなかった。現在も、年間処理数30万羽以下のところは文書報告だけである。

・ブロイラーは、孵化後2カ月半(8~12週齢)以内の若鶏の呼称で、大規模な密閉型鶏舎で平飼いする。通常は4~5カ月かけて成鶏になるのに、育種により40~50日で成鶏の大きさにするため、体重の増加に足の成育が追いつかない。足関節の変形や歩行困難になりやすい。趾蹠(しせき)皮膚炎の発生状況がAWの指標になっている(資料を参照)。

・現在の工場式畜産は、徹底した育種で遺伝的な同一性を持たせ、過密飼育によるストレスで免疫機能が落ちている。閉鎖空間で飼育するため、空気が汚染され、呼吸器が弱い。ウイルスにとって最良の増殖環境であり、感染症の発生を助長している。

・2000年代に入り、BSE(牛海綿状脳症・狂牛病)や鳥インフルエンザ、子豚の下痢症、豚熱(豚コレラ)が発生している。対策として、温度・湿度や日照・空調の管理、飼料やワクチン、治療薬の管理などの対策を講じてきたが、それでも感染症の発生は防げない。

・コロナ対策として「3密を避ける」「手洗いや消毒の徹底」「接触を避け、外出を控える」を進めているが、工場型畜産の家畜たちと同じ対策だ。土(自然)から離れた人工環境と食物の生活は、人間が本来持っている免疫機能を低下させる。

育種によるブロイラーの変遷

趾蹠皮膚炎(FPD)の評価法

菊地 純子

・ヘルパーの一日を紹介したあと、乳牛の一生や繁殖サイクル、蹄などの状態、飼育環境と牛の健康などについて、写真を使って解説。以下のように報告をまとめた。

・家畜として働く動物は、私たちが決めた限られた場所の中で、私たちが与えるものを口にして生きている。彼らを観察し、話さない声を想像していかに様々なことに気付けるか。動物としての力を失わせることなくいかにケアしてあげられるか--アニマルウェルフェアにおいて、それらが一番大切なことではないか。

・動物にとっては「放牧などフリーで飼われていること」だけを見て快適だとは言えないと思う。

動きは自由でも、他の牛との争いに負けて餌を食べられなかったり、激しい天候の変化や炎天下での木陰のない放牧にストレスを受け、体調不良になっていることもある。

・自然に放っても彼らは家畜である。野生の動物と違うところは、健康を損なうことなく、事故や怪我のないように、私たちができる限りの管理をしてあげること。何が彼らにとって快適なのか幸せなのか、本当のところは分からない。しかし、どう見ても苦痛で不快な状況にはきちんと対応してあげるべきだ。

・彼らはビジネスパートナーでもある。生きものと一緒に仕事をするということは、産まれた時から終わりまで感謝を忘れずに世話をすること。家畜としての幸せは、単に長命ということに限らない。できるだけ満たされて快適に過ごせることは、結果として私たちの作業の負担軽減につながり、経営的にも良い方向に進むのではないか。

・牛も人も幸せである循環がAWを生み出す。人手不足や倫理観の違いなど課題はあるが、より多くの畜産関係者がこのことに気づき、人も動物も幸せなサイクルができることを強く願っている。

伸びて刺さってしまった角と切った後

伸びてしまった蹄と適正な長さに削蹄した後

蹄病により痛くて足を完全につけて立つことができない牛。

切った角(左)と蹄